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聖マリア在俗会

今日から明日にかけて、ある女子カトリック信徒の会の会員のご葬儀を担当いたします。

会の名称は『聖マリア在俗会』。
以前は『聖母カテキスタ会』と呼ばれていました。

・・・私
個人的に、この会の考え方というか姿勢が好きなんです・・・

ということで
会員でもない私が聖マリア在俗会についてご紹介、です。

1954年、日本において設立されました。
“在俗会”という名称に違和感があるかもしれませんが、読んで字のごとし。
修道会のように
「俗世間から距離をおき、その生涯の全てを神様に奉献して修道生活を来る」
というのではなく、
「一般の社会生活を送りつつ、それぞれが生活する場において、その生き方(考え方、言葉、行い)によってイエス・キリストの愛を実践することによって宣教活動に奉仕する」
・・・というような考え方、です(これを『在俗奉献』といいます)。

語弊があるかもしれませんが
分かりやすくと言えば “シスターと一般信者との中間”みたいな感じ、でしょうか?
その形は違えど
同じく私の好きな修道会である『イエスの小さい兄弟会』の考え方にも相通ずる点があると思います。
つまり
何故私が『聖マリア在俗会』を好きかというと
自身の生活を神様に奉献しつつ社会生活の中にその身を置くことで、私たち一般人が抱える諸問題を肌身で感じつつ、より現実的なキリスト者の在り方を模索されている、という点でしょうか・・・。

            ♢

少々話がそれますが
以前私が教職に就いていたとき、生徒の父兄からこんなことを言われたことがあります。

「オカダ先生にはお子さんがいらっしゃらないから私たち親の苦労が分からない」

これには返す言葉が見つかりませんでした。
どれだけ私が親身になろうと努力しても、実体験として骨身に染みていない現実を理解しているとは言い難いというのです。

            ♢

つまりそういうことなんです。

そこに『在俗奉献』の価値があると思うんです。
私たちと同じ社会で同じように汗を流し
喜びも悲しみもストレスも共に共有する立場に身を置きつつ、そのなかで神様の愛を実践するという姿勢は、特に現代社会において、ますますその役割は大切なのではないかと思うんです・・・


さて
今日はそんな『聖マリア在俗会』の、第一期会員でいらっしゃる方のお通夜です。
半世紀以上にわたって、その生涯を『在俗奉献』という形で神様に捧げられた方です。

世の中には
広く世間にその功績を認められた方もいらっしゃれば
決して世間にその功績を知られることなく、ひっそりとその生涯を終えられる方が大勢いらっしゃいます。
今日の方も、そんなおひとりだと思います。

どうか皆さん、お祈り下さい。


聖マリア在俗会のHPはこちら  ↓

     http://www.maria-secular.jp/index.html
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by dscorp-japan | 2010-08-14 09:18 | キリスト教 | Comments(2)
Commented at 2010-08-15 00:18 x
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented by dscorp-japan at 2010-08-15 01:16
☀西先生の教え子さん♪
・・・そうなんですよ!
全く仰る通りなんです。
泥と汗
不条理と不公平
プレッシャーとストレス・・・
不完全なこの世間に身を置くことで、聖マリア在俗会の皆さんの活動は生き生きと私たちに訴えるのだと思います。

少々エラそうなことを言いますが
「憧れる」だけでも素晴らしいことだと思います。

西先生の教え子さんの上に
神様の善き導きがありますように m(_ _)m
line

これでも葬儀屋さんのブログなのだ


by dysmas
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