D’s(ディーズ)さんのぶろぐ

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私たちは生きている。

・・・あらためて言うまでもありませんが
私たち葬儀屋さんは、多くの方々の様々な人生を垣間見ることになります。
『事実は小説よりも奇なり』と申します。
作り話以上に“奇なり”かどうかは分かりませんが、肝心なのはすべてが『事実』であるということです。


ある中学生の少年がいました。
その少年は気が優しく、少々内気な性格でした。
彼の通っていた中学校の生徒のなかに、隣の中学校と敵対していたグループがいました。
ある日その少年は、隣の中学校のグループから集団暴行を受けました。
敵対していた学校の生徒だからなのですが、彼自身はその“抗争”とは無縁の人間だったのに。
少年は殴る蹴るの暴行を受けて、頭に深刻なダメージを受けました。
暴行を受けた直後は何とか大丈夫だったそうなのですが、徐々に症状が悪化して入院することとなりました。

隣の中学校から、校長先生たちが加害者の親御さんたちを連れて謝罪に訪れました。
校長先生は次のようなお話をされたそうです。

「このたびは本当に申し訳ありませんでした。
危害を加えた生徒たちには強く指導して参ります。
ついてはこのたびの一件につき、どうか穏便にしたいと思います。
加害者の生徒たちにも将来があります。
どうかご理解ください」

少年の御両親はとても気持ちの優しい方でした。
許したわけではないけれど、許さざるを得ませんでした。

その後少年は入退院を繰り返すうちに、二十歳を過ぎた頃からはベッドから起き上がることが出来なくなりました。
車椅子で病院の庭に出て、タバコをふかすのが唯一の楽しみとなりました。
約30年間、その少年はそうやって、ただ生き続けました。
時は流れ
頭に受けた障害は少年の抵抗力を落とすこととなり、ついに肺炎をおこし、帰らぬ人となってしまいました。

少年の御両親は、30年の長きにわたり自分の息子のために人生を費やしました。
お金も
時間も
身体も。
そして、苦しむ息子さんと一緒に、理不尽な障害との戦いを続けてきました。

「やっと息子は苦しみから解放される。
別れは辛いけれど、これで息子は天国に行ける」

ご両親の口から加害者の生徒たちをなじる言葉は、ついに最後まで一言も聞かれませんでした。

「息子は天使でした。
いくつになっても、私たちの天使でした。
あの子を授けて下さった神様に、心から感謝します」


私たちは悩みます。
私たちは怒ります。
私たちは愚痴を洩らします。

でも
私たちは生きています。
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by dscorp-japan | 2010-03-07 01:50 | あったこと | Comments(4)
Commented by 友人M at 2010-03-07 16:41 x
この文章を読んで、涙が出そうになりました。
ご両親のお気持ち、痛いほどわかるような気がします。

もし自分の子が同じ目に遭ったのなら…。
法で納得いく裁きがないのであれば、私は自ら復讐するかもしれません!

人間って悲しい生き物だとつくづく思います。
でもその悲しみがわかる人間って、素晴らしいと思います。

神様なんていない、と思ったことが何度あることか…。
それでも神様の存在を信じないではいられない自分が今ここにあるのも事実です…。

すみません、思ったことを思うがままに書いてしまって…。
Commented by dscorp-japan at 2010-03-07 20:13
☀友人Mさん。
世の中、理不尽なことや不公平なことばかりです。
しかし、だからといって「神様なんていない」というのは違うと思っています。
貴方が信じる(或いは信じたい)神様がいるなら、その神様に祈り続ければいい。
少なくとも、その神様は貴方の祈りを聞いているはずです。
願いが叶うか叶わないかは分かりません。
仮に願いが叶わなかったときも、そこには私たちには計り知れない神様の意思があるのだと思います。
神が「愛」であるのなら、願いは“叶わなかった”のではなく、「愛」ゆえに敢えて“叶えなかった”のだ、と。
Commented by ルビー at 2010-03-07 21:23 x
悲しく辛いです。
もし・・・・自分に起きたとしたらどんな行動にでただろうか
それはわかりませんけど

その少年も怪我を負わせた少年も時間の差があるかも知れないけれど、心に痛手を持って歩んだのかも知れませんよね。
そう思いたいです。

いろんな形の試練・・・

生きるということは試練なのかしら?

ごめんなさい。意味不明で(笑)
いま、生かされてることに感謝
いま、笑顔があればいい
そう思っています。
Commented by dscorp-japan at 2010-03-08 00:00
☀ルビーさんへ。
「生きることは試練」。
「試練」は「学習」「お勉強」とも言い換えられると思います。
私がこのご両親から学んだことは
理不尽なことをも受け入れようとされて、今自分が置かれた状況から逃げようとされなかったことです。
どうにもならないことを愚痴ったり、相手を責めることもあったはずです。
でも、いつまでもそれでは前に進めないことを、このご両親は分かったのでしょうね。
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これでも葬儀屋さんのブログなのだ


by dysmas
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