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訃報

 
カトリック神言修道会司祭
ペトロ・七種 照夫神父様が、5月23日午後3時52分に帰天されました。

通夜ならびに葬儀ミサ・告別式は下記の通り執り行われます。




    通夜・・・・・・・・・・5月25日(木)午後7時より
    葬儀ミサ・告別式・・・・5月26日(金)午前10時より12時
    式場・・・・・・・・・・カトリック五反城教会
                名古屋市中村区二瀬町27
                ℡ 052-412-3456


(教会へのアクセスについては上記リンク先をご参照ください)

※ 香典・供花・供物等、固くご辞退申し上げます。


どうぞ皆様、七種神父様の魂の安息をお祈りください。





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# by dscorp-japan | 2017-05-23 23:22 | キリスト教 | Comments(1)

お葬式で使われる生花は「使い回し」されるのか

 
・・・最近では減ったんですけれど
それでも今も時折訊かれるんですよ、これ。


おそらくは「古今東西」と申し上げていいでしょう。
お葬式に生花は「マストアイテム」と言って差し支えないと思います。
太古より私たち人間は
亡くなった大切な人を弔う際に、その亡骸の傍らに花を手向けてきたといわれます。
( → 過去記事
多分この先も
たとえお葬式の小規模化が進もうとも
葬送の典礼が簡素化されようとも
そのボリュームの多寡は別として「死者に花を手向ける」という行為は継続されていくのではないかと思います。


・・・で、生花の「使い回し」について。

今から約20年近く前
以前私が在籍していた葬儀社では、たしかにやってました ^^;
もちろんすべての生花を使い回したわけではありませんが
いわゆる仏教葬儀で葬儀社が用意する段飾りの祭壇の横に添えられる、白菊を使った祭壇脇の生花(当時の私たちは「ガンヅケ」と呼んでおりました)は正直、2~3回の葬儀にわたって使い回しておりました・・・
これは言い訳にもなりませんが
私の知る限りにおいてあの当時、少なくとも私たちのエリアにおいては、それが半ば当たり前だったように記憶します。

・・・時は移って現在。
「使い回し」をしていないことを特段に誇るわけではありませんが
少なくともウチの場合、まったくやっておりません。
皆無です。
おそらく他の多くの葬儀社さんも、今はやっていないと思いますよ。

たとえばウチの場合で申しますと
まず、絶対的な生花の量がそれほど多くありません。
ウチの一般的な生花飾りは、お柩の周りに洋花をあしらった生花飾りで囲む程度でして
ここに飾られる生花のほぼすべては、最後のお別れの際にお柩のなかに手向けられるからです。
仮にその生花が余った場合も
(ご遺族様のご意向にもよりますが)その多くは、葬儀を行った教会に寄贈されたり、参列者の皆様に摘み取ってお持ち帰りいただきます。
そして何より大前提として
ウチの場合すべて洋花を使用しますので、使い回しが難しい(というか出来ない)んですね・・・

・・・なんか妙に言い訳がましいなァ ^^;


ということで(笑汗)
おそらく今日の多くの葬儀屋さんは、生花の使い回しはそれほどやってないと思いますけどね~
(他社さんの実態はそれほど知りませんけど)






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# by dscorp-japan | 2017-05-17 15:35 | 葬儀 | Comments(2)

ファティマの聖母出現・100周年

 
陰謀論や都市伝説系のお話が大好きな私でありますが
ことファティマにおける聖母出現の話については、個人的に真摯にとらえたいと考えるものであります。


ちょうど100年前、1917年の今日は
ポルトガルの小さな町・ファティマにおいて「三人の牧童の前にはじめて聖母マリアが出現された」といわれる日であります。
今日、ヴァチカンはこの聖母出現を公に認めているとされ
毎年の5月13日は『ファティマの聖母』の記念日と定められております。
そして今日
今は巡礼地となっているファティマにおいて、三人の牧童のうちの二人であるフランシスコとヤシンタ(ジャシンタ)の列聖式が、教皇フランシスコによって行われるとのことです。



ファティマの聖母出現に関する詳細は
恐れ入りますが、皆様それぞれでネットなどでお調べください。
そのうえで何が真実で何が偽りの情報なのか、各自でご判断いただければと思います。
何故なら、私などが「実はこういうことなのですよ」などと申し上げたところで、それを信じるか否か、或いはその真偽を判断するのは皆様個々人に委ねられるべきだと思うからです。



・・・私のスタンスは以下の通りです。

個人的に、聖母マリアの存在はもちろん信じております。
そして、ファティマの聖母出現も信じております。
そこでマリア様が語ったとされるメッセージ(敢えて『予言』という表現は差し控えさせていただきます)についても、私なりに真摯に受け止めたいと考えます。

何故信じるのか。
聖母マリアによる具体的なメッセージの真偽を議論する前に
私はただ「祈りなさい」「回心しなさい」「罪を遠ざけなさい」といった、カトリック信徒にとって最も基本的な啓示に、真理を感じるからであります。
聖母マリアのメッセージについて
巷では「○○年に世界が滅びる」などといった推測が後を絶ちません。
(一説には、その日はまさに「今日」であるという説もあります)
しかし私は
世の終わりがいつであるかを論じる前に
聖母マリアのメッセージは、常に「今」の自分に向けられたものであると理解したうえで、ただ謙虚に受け止めたいと考えます。

『祈りと犠牲』。

とは申しましても
きっと私は、今日も明日も明後日も
変わらず罪を犯し続けることでしょう。
「犠牲を払え」といわれても
意志の弱い私は、これからも楽な道を選び続けることでしょう。

ならばせめて
ファティマの聖母が勧められた「ロザリオの祈り」を唱えることだけでも続けたいと思います。


最後に
『ファティマの祈り』を記します。

(私が学生時代に覚えたのが、以下のような文語体の祈りです)

ああ我がイエズスよ、我らの罪を赦し給え。
我らを地獄の火より護り給え。
また煉獄のすべての霊魂、ことに主の御慈悲を最も必要とする霊魂をして天国へ至らしめ給え。


(以下、今日の一般的な口語体の祈りです)

主イエス・キリスト
わたしたちの罪をゆるしてください。
私たちを滅びから救い、全ての人々、
ことにおんあわれみをもっとも必要としている人々を
天国に導いてください。







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# by dscorp-japan | 2017-05-13 00:00 | キリスト教 | Comments(2)

お葬式の個性

 
ここでいうところの「個性」とは
(お亡くなりになられた)「ご本人らしさ」という意味です。


たとえば
先日私がお手伝いさせていただいたお客様のケース。
必要最低限のご用意で臨んだお葬式で
もちろん参列者は直近のご遺族様に限るという、本来的な意味合いの「家族葬」でした。
葬儀の典礼を終えて、ご出棺前に故人様の柩にお花を手向けられる場面で
ご遺族様方々は、めいめいに故人様との思い出の写真を入れられたんですね。
・・・その枚数は、ゆうに100枚を超えるものでした。
「私たちとの思い出を天国まで持って行って欲しいので」
お柩のなかは
お顔周りからお足元まで、一面思い出の写真で埋め尽くされました。
それこそ、柩のなかに手向けられたお花が隠れてしまうくらいに。
おそらく
お写真の一枚一枚に、ご遺族に皆様の思いがしっかりと込められていたのでしょう。
その思いが、とてもいい形で表現されていたと感じました。
お傍から拝見していて
(こういうのも良いよなァ)と思わされるものでした。


たとえば
先日ウチのスタッフが担当させていただいたお客様のケース。
ご生前、故人様が所属されていらっしゃったハーモニカ演奏のグループの方々が
ご出棺の際、ハーモニカで「ふるさと」を演奏されたんです。
グループの皆様は十数名くらいいらっしゃったでしょうか
皆様それなりにご高齢の方々です。
そのグループの皆様が
教会からお柩が運び出される横に一列に整列され、あの懐かしいメロディを奏でられてんですね。

・・・ベタな選曲といえば、そうかもしれません。
失礼を承知で申し上げますと
その演奏はほんの少しだけ、たどたとしさを伴うものでもありました。

でもね
実際に故人様のお仲間十数名で一斉に奏でられた「ふるさと」は、とても心を打つものだったんですね・・・


私が申しあげたいのは
お葬式の「個性」つまり「その人らしさ」というのは
葬儀屋さんの用意する祭壇や商品で表現されるものではない、ということなんです。
ご本人の死を心から悼む、ご遺族様やご友人の方々が
思いのたけを何らかの形で表現されることが、結果的にいちばん「その人らしいお葬式」になるのではないでしょうか、ということなんです。

そもそも
その人のお葬式は、その人「だけ」のお葬式なのであって
すでに他と同じお葬式ではないのです。
余分なお金などかけなくても
当事者の皆様の「思い」が、そのお葬式を「その人らしく」していくものなんですね。







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# by dscorp-japan | 2017-05-10 00:00 | 葬儀 | Comments(5)

あらためてアルバム 『 Gaia 』 ヴァレンシア

 
このブログを始めた一年目
早々にヴァレンシアというアーティストを取り上げています(→過去記事
しかし
肝心の具体的な曲についてはほとんど触れておりませんでしたので、今回あらためて取り上げてみましょうということで。

7年前に書いた記事を再読してみると恥ずかしいばかりなのですが
この当時はやや上から目線な感じで取り上げてマス (^^ゞ
でも実のところ
個人的な感想として、このアルバムはハードポップ(或いは産業ロック)として非常に高い水準の作品だと思ってるんです。
だからこそ
普段はこういうジャンルのアルバムにあまり手を出さない私が、このアルバムを購入しているんですから。

あらためて申しますが
本作はハードポップアルバムとして、ほぼ「捨て曲ナシ」の作品といって良いと思っています。
メロディはしっかりしているし
アレンジも何気に豪華絢爛。
ご本人のヴォーカルも
ケイト・ブッシュ的でもありフレディー・マーキュリー的でもあり
はたまたマイケル・ジャクソン的でもあり(つまり上手いということです)

たとえば
個人的に好きな曲がこれ。


この曲なんか
フレディーのソロアルバムに入っていてもおかしくない感じがしませんか?
ヴォーカルスタイルも、もろフレディー節が全開。
あいの手の入れ方まで、まんまフレディーじゃありませんか(笑)

逆にマイケルっぽいのはこの曲。


バラードなんですけれど
全盛期のマイケルあたりが歌っていてもおかしくない感じでしょ ♪
でも、ギターのトーンはやっぱりブライアン・メイ(笑)


そしてやっぱり
このアルバムの白眉はタイトルチューンのこの曲ですね。

(最後にアルバム最初の曲がちょっとだけ入っちゃってマス)

・・・この曲はほんの一時
日本でもそこそこヒットしたんじゃなかったでしょうか。

それにしてもこの曲
複雑且つ壮大なアレンジといい
メロディアスで劇的な展開といい
なかなかにプログレしてると思うんですよね~
ビートルズ(或いはティアーズ・フォー・フィアーズ)的エッセンスもあり
ご本人仰るところのルーツである
ケイト・ブッシュやクイーンの影響を上手く昇華してる気がします。

妙な先入観を持たなければ
このアルバムは佳作と言って良いと思いますし
ヴァレンシアさんご自身も非常に才能のある方だと思っております。






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# by dscorp-japan | 2017-05-08 00:16 | 音楽 | Comments(0)

15期目

 
私の大切な指導者であり、友人でもある方のお葬式をお手伝いするなか
ウチの会社も、どうにかこうにか15期目を迎えることが出来ました。

「これもひとえに」という表現は月並みですが
ウチほど、多くの方々からのご支援で成り立っている会社も少ないと思います。
何と申しましても
会社設立時より現在に至るまで『広告宣伝費ほぼゼロ』で営業させていただいているのですから。

私は常々思っております。
ウチの会社が立ち行かなくなったとしたら
それは、ウチの会社が誰からも必要とされなくなったときなのだろうと。
逆に申しますなら
たったおひとりの方でも、ウチを必要としてくださる方がいらっしゃる限りは
何としてでも存続し続ける責任があるのだろうと。

「必要とされる有難み」。

これを肝に銘じて
私どもなりに、細々とながらこのお仕事を続けさせていただければと思います。

私どもを必要としてくださる、すべての方に感謝。
様々なかたちでご支援をいただいている、すべての方に感謝。
そして
この役割を与えて下さった、神に感謝。







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# by dscorp-japan | 2017-05-04 00:00 | あったこと | Comments(2)

サガ神父様のこと

 
アントニサーミ・サガヤラージ(Antonysamy Sagayaraj)神父様のお葬式
一昨日、無事に終えることが出来ました。
サガ神父様のお人柄を表すように
ゴールデンウィーク中のお葬式であったにもかかわらず、両日ともに大変多くの方々が参列に来られました。
はるばるインドから来られたご家族からも
つたない日本語で「本当にありがとう」「あなたで良かった」と仰っていただけました。


・・・さて。
このところ再三ここで書いてきた記事にある「大切な友人に関する心配事」とは
他ならぬ、サガ神父様のことでありました。

→ 『相反する思い』
  『あらためてマルティン・ルターの名言を思う』
  『今年の聖週間』
  『よろしくお願いします』


サガ神父様とのご縁をいただいたのは
(最近ここでは登場しませんが)畏友:西経一神父様からのご紹介でした。
西神父様は、サガ神父様が神学生だった頃の指導司祭であったということです。

私の認識する限り
サガ神父様は、インド人として日本に来られた人カトリック司祭の一人目だったと聞いております(葬儀ミサの説教でもそのように紹介されていました)。
今では神言修道会・日本管区には多くのインド人司祭がいらっしゃいますが
サガ神父様は、その先駆者であったということです。

「サガはな
オレの教え子のなかでもトップクラスの人材だァ。
モリオ(=私)
サガからいっぱい学べよ!」

その後サガ神父様とは
何度も家庭ミサに与り、何度も一緒に食事をして、インドのお話をたくさんお聞きしました。
おそろしいまでに日本語が堪能で
(ことによると私たち以上にキレイな日本語で)
しかも、非常にウィットに富んだジョークが好きで
いっつも満面の笑顔で
本当にサガ神父様とのご縁をいただけたことは、私の宝物でした。

彼のガンが再発して余命宣告を受けたときから
私のなかでは常にサガ神父様のことがありました。
ここ一ヶ月は
仕事の合間を縫って、ほぼ一日おきに病室へ伺いました。

・・・西神父様から言われたんです。

「見届けろ」

聖週間を迎えたある日は
サガ神父様と手を握り合い、ふたりだけで涙しました。
「サガさん、大好きだよ」と言いました。
サガ神父様は、握った私の手の甲にキスしてくれました・・・


サガ神父様の葬儀ミサの説教で
同じ神言修道会々員であり、サガ神父様の後輩であるマリス神父様が話された言葉をご紹介します。

「(前略)
サガ神父様は、人と人とを結びつける宣教師でした。
日本ではじめてのインド人宣教師として
後輩である私たちを、いつもいろいろなところへ連れ出してくださり
たくさんの人たちに紹介してくださいました。
南山大学では、日本とインドを結びつけるための様々な取り組みをされました。
その過程で、彼の学生同士が結婚された方もあります。
いま、天国に旅立ったサガ神父様は
これからは、私たちと神様とを結びつけるためにお祈りして下さるに違いないのです」


通夜当日の午前中
出張の合間に、サガ神父様の「先生」である西神父様がサガ神父様の元に駆けつけられました。
たった約10分間
西神父様はサガ神父様の枕元で、ふたりきりで過ごされました。
その間おふたりがどんなお話をされたのかは、おふたりだけの秘密なのでしょう。
そしてその後、西神父様は
急いで長崎に帰って行かれました。
・・・あの、超多忙な西経一に
たった10分のためにわざわざ名古屋まで足を運ばせるほどの方だということです。


私の祈りは
半分だけ聞き入れられて、半分は御心に適わなかったようです。

(どうか私たちからサガさんを取り上げないでください)
(どうか私にサガさんのお葬式をさせないでください)

(どうしてもサガさんを連れて行かれるというのなら
どうかそのときは、すべての苦しみから解放してあげてください)

最期の最期
サガ神父様は、それまで何日も閉じていた目を大きく開いて
一回、深く呼吸をして、静かに息を引き取られたということです。


サガさん、ありがとう。
僕は絶対にサガさんのことを忘れない。






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# by dscorp-japan | 2017-05-03 00:00 | おともだち | Comments(2)

訃報

 
神言修道会司祭であり
南山大学・人類文化学科准教授である
アントニサーミ・サガヤラージ神父様 が帰天されました。

通夜ならびに葬儀ミサ・告別式は、以下の通り執り行われます。





   通夜・・・・・・・・・4月30日 午後6時~

   葬儀ミサ・告別式・・・5月 1日 午前10時30分~午後0時30分

   葬儀式場・・・・・・・カトリック神言神学院
                名古屋市昭和区八雲町70
                      ℡ 052‐832‐2082


※ 香典・供花・供物等、固くご辞退申し上げます。



・・・大いなる親しみと敬意を込めて
どうか、サガ神父様(或いはサガ先生)のためにお祈りください。

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R.I.P
Fr. Antonysamy Sagayaraj SVD
(1967.3.2 ~ 2017.4.28)




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# by dscorp-japan | 2017-04-28 17:39 | 葬儀 | Comments(6)

『 よろしくお願いします 』

 
・・・個人的に常々思っているんです。

自分の為、或いは誰かの為に祈るとき
その祈りには必ずエゴみたいなものが、ほんの少しであれ含まれてしまうような気がしているんですね、少なくとも私の場合は。
「祈り」というか「お願い」ですよね。
私たちが祈るときって、その本意は大体が「お願い」だったりするじゃないですか。

しかし
私の理解するところのキリスト教におけるお祈りって、最終的には「主に任せる」「主に委ねる」ということらしいわけです。


・・・祈りのための指針と思われるエピソードが聖書にあります。

いわゆる受胎告知の場面で
大天使ガブリエルから告げられたことに対して、マリアはこう答えます。

「わたしは主のはしためです。お言葉どおり、この身に成りますように。」
(ルカによる福音 1-37)


そして
受難を受ける直前のイエスがゲッセマネの園で祈った言葉。

「アッバ、父よ、あなたは何でもおできになります。この杯をわたしから取りのけてください。しかし、わたしが願うことではなく、御心に適うことが行われますように。」
(マルコによる福音 14-36)


キリスト教では
“ 私たちの祈り(というか願い)が 神様の御心に適うものであれば どうかそれが実際に行われますように ” という
表現が正しいかどうか分かりませんが “ 条件付き ” みたいな感じなわけです。


・・・個人的には
(ンなケチ臭いこと言わずに、とにかくお願い聞いてちょ!)
って思っちゃうわけなんですけど (^^ゞ

その一方で
(叶えて欲しいなら、神様に対して謙虚な姿勢を見せとかないとイカンのかな?)
とか思ったりもするわけです・・・


・・・で、タイトルの言葉になるわけです。

私が祈る(というかお願いする)とき
いつもこういう表現を使うようにしているんです。

「〇〇のこと、ひとつよろしくお願いします」

・・・個人的に、結構便利な表現だと思ってるんですよね (^^ゞ


皆さんにはご経験はありませんか?
(せっかく必死こいて祈り倒したのに
神様の野郎、オレの祈りをスルーしやがった!)とか思ったこと。

・・・まァ実際はスルーされたわけじゃなくて
聞いちゃくれてるんだけど、神様の御心とは違ってたってことらしいんですけど。

経験則で申しますと
具体的なお願いを必死こいて祈って、こっちの思いが叶わなかったりするとガッカリするじゃないですか。
だから最近は
もうね、具体的なお願いはそこそこにしておいて、最終的には(くれぐれもひとつよろしく!)みたいな感じで祈るようにしてます。
もちろんそこは必死に祈りますよ。
(マジで頼むから!)
(こんだけ祈ってるんだからちゃんと聞いてよ!)
みたいな。

それで叶えてくれなかったら
(あっそ!)で終わらせる(それでも時々ムカつくけど)。

            ♢

・・・今
個人的に、結構真剣に祈っていることがあります。
これは私自身の為の祈りじゃありません。
このところ、散々祈り倒しているので
さすがにウチの神様も無視はできないはずです。

『 よろしくお願いします 』






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# by dscorp-japan | 2017-04-23 14:31 | キリスト教 | Comments(4)

書留や小包はすべて「郵便局に取りに行く」で良い(私の場合は)

 
先日、こんな記事を書きましたが
今回はこれと同じような意味合いのお話です。


日本郵便を介しての郵送物って、もちろんありますよね。
プライベートなハガキやお手紙もあれば
いわゆるダイレクトメールの類もあります。
これらは問題ないんです。
普通に郵便受けに投函していただければいいのですから。

問題は、簡易書留とか小包の類のものです。

先日の記事と同じ理由なんですが
私、お仕事の関係上、家にいる時間がムチャクチャ不規則なんですね。
ただでさえ独り暮らしなんで
せっかくお届けいただいても、不在のときが少なくない。
(仕事の都合で日中に寝てたりするので、居留守を使うことも・・・)

・・・これって、何気に申し訳ないじゃないですか・・・

郵便局員さんは何も悪くないんです。
(松本人志さんのCM曰く『バカまじめ』ってくらいですから)
せっかく
時間と労働力とガソリンを使ってお届けいただいたのに、受取人の私が不在なんです。
申し訳ないし、勿体ない。

だから思うんですよ。
私のような人間は、予め郵便局に申請しておいて
「〇〇町の〇〇は、普通郵便以外は郵便局まで取りに来るから届けなくてよし!」
みたいなシステムにしたらどうかと思うんですよ。

「配達物があることを知らせる為には不在者伝票が必要だろう。
一旦は配送員が自宅まで行く必要があるじゃないか」

・・・いやいや
だからそこは、自宅の電話なりメルアドなりを管轄郵便局に登録しておいて
留守電なりメールなりでお知らせしていただく感じで良いじゃないですか。
仮に電話代がかかるとしても
実際にお届けいただくコストからすれば、ずっと安価で済むじゃないですか。

実際
私が不在者伝票を持って管轄の郵便局に行きますとね
結構な人数の方が受け取りにいらっしゃってるんですよ。
真夜中なのに、列ができてることもしばしばです。
私と同じような人間って、潜在的に少なくないと思うんですよね・・・

配送物を一定期間保管する場所の問題があるかもしれませんけれど
今だって結構同じような状況になってるような気がするんですけどね~

個人的に妙案だと思ってるんですが、いかがでしょう?






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# by dscorp-japan | 2017-04-20 00:00 | 思うに・・・ | Comments(4)
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これでも葬儀屋さんのブログなのだ


by dysmas
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